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| 社長挨拶 代表取締役社長 |
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私たちの会社は、日本一の家具産地――福岡県大川市にあります。 福岡県大川市は、 筑後川が有明海に注ぐ河口近くに位置する人口約4万人の都市で、 木工産業を基幹産業として発展した家具の一大産地である。 大川家具の歴史は、室町時代後期の天文5(1536)年まで遡り、 榎津久米之(えのきづくめのすけ)によって、 この地の船大工の技術を活かして作らせた指物が始まりとされている。 18世紀中頃には、 久留米藩によって筑後川河岸の若津に河港が開かれ、 その後、 若津港は筑後地方の海の玄関口として、 背後の広大な穀倉地帯から米や麦、 日田地方の木材の積出港として大いに繁栄した。 明治14(1881)年の移出入額は博多港を上回る程で、 明治20年代の若津には 遊郭、銀行、郵便局、警察署、回漕店、米穀商、諸問屋が軒を並べ、 華やかな港町に成長していた。 しかし、 |
第二次世界大戦後には、 戦災復興や炭鉱住宅などによる需要が拡大し、 大川に空前の木工ブームが訪れる。 昭和24(1949)年には 旭川、高崎、東京・荒川、加茂、和歌山とともに、 重要木工集団地に指定され、 現在の産業基盤が確立された。 昭和30年代には、 大川家具の近代化に大きな功績を残した工業デザイナー 河内諒による和箪笥が日本中の人気を集めた。 これが世に知られた大川調の「引き手なし箪笥」である。 その後も高度経済成長に後押しされる形で、 大川は日本一の家具の産地へと成長していった。 大川は今でも日本一の家具の産地である。 |
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